パリオペラ座ガルニエ宮150年ガラ
2025年1月5日に建設されて150年を迎えたパリオペラ座のガルニエ宮を記念したガラをパリオペのアプリで視聴。
オペラからアリアや合唱、バレエと盛りだくさんの内容で、オペラ座バレエ学校の男女2人の子供が案内役を勤め、怪人も出てきたりと楽しかった。
中でもユーゴマルシャンのボレロは圧巻。
恵まれた長身とマニッシュな体、ギリシャ彫刻のような端正で完璧な美貌。
隅々までコントロールされた美しい踊りと揺らぎのないテクニック。演劇的な役をやれば濡れた子犬にだってなれる演技力とカリスマ性。
おまけに私服はHERMESの広告みたいな洗練っぷり(来日の時に見た!)
非の打ち所がないとはこのこと。
マチューが抜ける今、ユーゴ一強時代の到来を告げるようなボレロだった。
硬質で筋肉質なボレロとでも言おうか。
全身の隅々まで力がみなぎり、それを完璧にコントロール。でも手首から先は柔らかく表情豊か。
まるで大鷲が羽を広げているみたいだった。
周りのリズムたちを歯牙にもかけず、ひとり孤高に君臨する絶対王者といった風情。
最後は不敵な笑みまで浮かべていた。素敵、陥落笑
ベジャールバレエ団の来日公演で見たジュリアンファブローのボレロは、これからバレエ団を率いていく心情を表したような、周りのリズムとの協調が感じられた。ボレロってその時の心がそのまま現れる演目なのね。上野水香さんも、毎回見える景色が違うし終わった時の気持ちも違うと言っていたなぁ。
それでいくとこのユーゴは1人横綱を背負って立つ自負と自信を高らかに宣言した、というところなのかも。次回の来日がとても楽しみだ。
ユーゴのボレロが素晴らしすぎてボレロだけの感想になってしまいそう。
他にはヴァレンティンコラサントとマルクモローとトマドキールの白鳥の湖三幕や、リセットオロペーサによるウィリアムテルのマチルダや、フローレスのヴェルディ、ルドウィックテジエによるタンホイザーの夕星の歌などもあったけど、ボレロの印象が強すぎてあんまり残ってない、、笑
不思議の国のアリス(ロイヤルバレエ &オペラシネマ)
6月に新国で再演されるアリスなので、本家のシネマも楽しみにしていた。
それが、あれれ、今回はずいぶん時間が長く感じてしまい、最後はウトウト、、
原因は主役2人。踊りがピンとこない。フランキーは踊りから音楽が聞こえてこないし、ウィリアムも今日は良くない方のウィリアムで、ぼんやりしたキレのない踊り。
ジェームスヘイもなにかしっくりこなかった。
スティーブンは2回の怪我の後、本格的に復帰した第一作らしく、幕間でもインタビューを紹介していた。彼のために作られたこの役を大事にしているので復帰作になったのが嬉しい、まだ古典の主役を全幕踊るのは難しい、スポーツ科学を使って作品ごとのリハビリプログラムを組んでいるとの事。
タップで細かい裏打ちのリズムまで強弱をつけて表現する技はスティーブンにしかできないわ〜
今年の新国にもゲスト出演が決まってまた見せてくれるというので嬉しい。
初演アリスのローレンがハートの女王をやったのも今回の目玉の一つ。初演女王のゼナイダヤノウスキーとのインタビューもあった。さすがの怪演。テクニックが美しいので下品になりすぎず、コミカルにする所は見事なキレっぷり。
ウィールドンがインタビューで、アリスがハートの女王をやる事でサークルが完結する、と言っていた。どういうことかなぁと考えてたんだけど、たしかに原作のアリスって、少女だけどかなり大人っぽいところもあり、大きくなったら母そっくりになりそうな女の子だ。アリスの母は支配的な傾向の強い、プライドの高いミドルクラスの女性。上昇志向も強く、無欲な夫の尻を叩き、ティーパーティにインドのマハラジャを呼んで箔をつけようとする。
アリスも言動にチラチラと母親のような個性が見え隠れする。可愛いばっかりの少女ではない。
ルイスキャロルが描きたかったのはそんな少女で、そこにイギリス流の皮肉なユーモアが含まれていると思う。
だからアリス役がハートの女王をやる事で、作品が完結する、という考え方が生まれるのかもしれない。そう考えると、ただ可愛いだけのアリスではない、ハートの女王がチラ見えするようなアリス、というのも面白い役作りになりそう?いやダメか。
今回長く感じたのはマッドハウスのシーン。うるさい音楽と、今の時代にはかなり際どいブラックギャグが続くので、ちょっとウンザリした。2011年にはあれがOKだった?この10数年で観る側の感覚も変わったし。
再演にあたっていくつか改変をした(1幕のウサギ穴がテーブルのゼリーに変わったり)そうなので、こういう部分も見直したら良かったのに。
インタビューでウィールドンが、今後もどんどん見直していく、常に進化し続ける作品でありたい、と言っていたので、この次の時は変わっているといいな。
最初に見た時は新鮮でおしゃれ!と感動した演出だけれど、見慣れてしまった今回はさすがにそうでもなく、そうなるとバレエ自体(踊りそのもの)を楽しむ作品という感じではないなぁ、と気づいてしまった。100年以上繰り返し続けても見飽きない古典の凄さを感じた一面も。
家に帰ってロイヤルのサイトでキャストシートを見ていたら、初日のソワレがこのフランキーのキャスト、その日のマチネはなんとヴィオラパントゥーソ!これは見たかった。アメリカでのロイヤルガラの映像で、息を呑むような素晴らしい音楽性に一目惚れ。たしか入団して3年目くらいのはずで、すごい抜擢だけど、彼女なら2時間半の舞台を持たせることができるような気がする。あちらではアリス役って新人がフレッシュに踊る演目って位置付けなのね。だったら新国だって、ねぇ、、
因みに楽日はミーガングレースヒンキス。
2024.1.15上演
振付 ウィールドン
演出 ボブクロウリー
音楽 ジョビータルボット
アリス フランチェスカヘイワード
ジャック ウィリアムブレイスウェル
白ウサギ ジェームスヘイ
ハートの女王 ローレンカスバートソン
ハートの王 ベネットガートサイド
マッドハッター スティーブンマクレー
芋虫 ニコルエドモンズ
公爵夫人 ギャリーエイビス
三月ウサギ なかおたいすけ
眠りネズミ ソフィーオルナット
料理人 クリスティンマクナリー
魚 レオディクソン
カエル 五十嵐大地
アリスの姉妹 マリアンナツァンベンホイ、ボミンキム
死刑人 ケヴィンエマートン
庭師 ハリーチャーチ、ジョシュアユンカー、マルコマスキアリ
くるみ割り人形(12月26日 新国立劇場 小野福岡組)


主役の2人は鉄板、盤石。
7年目ともなると踊りより振付を見る余裕が出てきた。松林のパドドゥは、クララの憧れがそのまま踊りに現れていて、最初は王子を眩しく見つめるような振りが多く、そのうちじゃれ合うようにクララの振りを王子が真似して追うようになり、それがシンクロしてユニゾンで踊るようになり(ここが好き!)、音楽もどんどん盛り上がっていって、気持ちの高まりとともに次々と難易度の高いリフトが連続して、雪原が現れる時には王子にしっかり抱きしめられて夢見心地になる。
そんな少女のクララが、金平糖のパドドゥでは王子と対等の女性となって、堂々としたソロやコーダを踊るようになるところに、少女の成長を表現しているように感じた。
他にも今回面白かったのは、中家さんのドロッセルマイヤー。サポートが上手いのは当然のこととして、細かいところで遊ぶ余裕が楽しかった。
1幕は女の子たちがもらったおもちゃで遊ぶ時に鳴らされるチェレスタに合わせて舞台のピアノを弾くんだけれど、ロックな身振りでガンガン鳴らし、全然曲と合っていなくて吹き出した。
今まで奥のピアノの所はしっかり見ていた事がなくて、今回初めて気がついた。中家さんが今回はじめた遊びなのかも?お陰でつまらない子供のシーンが楽しかった。
ピアノといえば、カスミンの弾きっぷりは音楽にきちんと合っていて、ピアノを弾けるみたい。
木村優子ちゃんの乳母が好きで、今回も乳母らしく広間のすみで佇んでいる演技をオペラグラスで追っていたら、その後の雪原のシーンでいきなり雪の精のトップバッターでハツラツと登場してびっくり。
短時間の着替えはバックステージツアーで見たあの囲いの中で大急ぎだったんだろうな、と想像してしまった。乳母で踊りを封印されていたあとの美しい弾けっぷりが素敵だった。
今回は雪のシーンの衣装のバサバサ音が軽減されていた気がした。衣装を少し改善したのかな?
雪の降りかたがだんだん激しくなるのも、照明が少し緑がかっていて綺麗なのも、改めて気づいた。
ダンサーが若返って、背の高い人が増え、迫力が増した気がする。
松林から雪原のシーンはやっぱり好きで、特に雪のシーンは大好き。
2幕ではロシアの木下さんがキレキレ。あの衣装、背が低く見えるのが残念なんだなー。
アラビアの唯ちゃんは、妖艶というよりは清々しい、色香で奴隷達をひれ伏させるのではなく、人格で従えているよう。まるで菩薩のような。
初代の絶対エース、モトジーの妖艶さや柔らかい背中をくるりと回す音楽性にはなかなか出会えないなぁ。
そういえば2幕でも中家さんは絢子さん相手に、ネズミなんて私がぶん殴ってやりますよ、みたいなかんじでイキっていた笑
グランパドドゥも盤石。やっぱりキツい踊りなんだなというのが、オペラグラスで絢子さんを見ていて分かったのは、素晴らしい笑顔を浮かべているのに後ろを向いた時に苦しそうな表情を一瞬するのを見てしまったこと。スラリと踊っているように見えるのに、本当はものすごく大変なんだなって思った。インタビューで、ゴージャスな踊りほど何気なく、シンプルな踊りは華やかに踊るのがコツ、と言っていたのを思い出した。
指揮 アレクセイバクラン
小野絢子&福岡雄大
ドロッセルマイヤー 中家正博
ネズミの王様 小柴富久修
ルイーズ 奥田花純
乳母 木村優子
詩人 原健太
青年 上中佑樹
老人 佐野和輝
雪の精 花形悠月、金城ほのか
スペイン 直塚美穂、原田舞子、中島瑞生
アラビア 米沢唯
ロシア 木下嘉人
蝶々 奥田花純
花の精 内田美聡、吉田朱里、中村啓、渡邊拓郎
円環 Noism ノイズム公演

2024年12月15日 りゅーとぴあ
⚫️過ぎゆく時の中で
振付 金森穣
音楽 John Adams The Chairman Dances
衣装 堂本敦子
金森穣、noism1
2021年のサラダ音楽祭で上演したものを劇場用に演出を加えた作品。
黒い帽子とスーツの金森さんが下手からスローモーションで歩いてくる中を、若いメンバー達が全力で走ったり、静止してポーズを取ったり、ペアやグループで踊ったり。振付はクラシック寄りで美しく、若いメンバーの訓練された身体が隅々までコントロールされて生み出す動きが魅力的。
楽しげで明るい表情も相まって、体から発散される若いエネルギーに惹きつけられた。
それと対比するように、金森さんからは静かな内省と逡巡のようなものが感じられた。若い弾けるエネルギーに気圧されているような。
そうした彼らと組んで踊るシーンもあり、刺激を受けて進むように見えた。
単純に若さを称揚する意図では無いと思うけれど、真っ直ぐで迷いのないエネルギーへの憧憬のようなものが感じられた。
舞台の後方にスクリーンを立てて、走り回る彼らが後ろに回り込んで影絵のようになって躍動するシーンもあり、いつもながら照明の使い方が巧み。
最後は1人残された金森さんがゆっくり後方に歩むところで幕が降りた。
⚫️にんげんしかく
振付 近藤良平
noism1
舞台に散らばったダンボールの中にダンサー達が入っていて、ダンボールがユーモラスにくっついたり倒れたりする。思わず笑ってしまう愛らしさがダンボールから感じられた。
やがて中からダンサーたちが出てきて、今度はダンボールを使ってさまざまな遊びをする。
その中でダンサーたちの個性が感じられたり、ダンサー同士のやり取りがあったり、意味不明の声を出して会話したり。全部で35分くらいなので、ちょっと冗長ではあったかな。
あまり深い意味を考える必要はなさそうな作品だったので、それぞれの個性が立ってくるダンサーたちを何となく眺めていて、この人の踊りや佇まいは好きだなぁ、というのが見えてきた。彼女の名前が分からなかったのが残念。
⚫️Suspended Garden
演出振付 金森穣
音楽 トンタッアン
井関佐和子、山田勇気、宮河愛一郎、中川賢
2004年にりゅーとぴあの専属舞踊団として結成されたノイズムで、初期から中期にかけて井関さんのパートナーだった宮河さん、中川さんを、井関さんが久方ぶりにゲストとして呼んで作られた作品。
ノイズム20周年の年の作品として相応しいものだったようだ。
表題は舞台を意味するとのこと。
舞台の天井と床に赤いケシの花や紅葉が投影されて、黄色のドレスがかけられたトルソーがポツンと置かれている。
舞台の四隅からダンサーが出てくると、それぞれに絡みながらトルソーも交えての踊りが繰り広げられる。
時々ダンサーがトルソーのように静止したり、トルソーの黄色のドレスを中川さんが着たり、それをさらに井関さんが赤いドレスの上に着たり、色んな意味を込められているのだろうけれど、一回見ただけではそれが何を示しているのかはっきりとはわからなかった。
ただ、事前に行われた金森さんのインタビューの内容から想像すると、パートナーが変わったり、衣装(スタイル?)が変わったりしても、それぞれの歩みは止まらないし、変化してまた邂逅する中で、さらに新しいものが生まれていく、というような、越し方行末を感慨深く思索する金森さんの視線が感じられる作品だった。
これからもそれぞれが歩みを止めず踊り継いでいくという静かな決意も感じられた。
この中で印象的だったのは、中川さんの踊り。
一言で言うととても美しい。
体の先までコントロールされた動きが描く軌跡が美しく、その残像が今も脳裏を離れない。
白いゆったりしたスーツや途中で着た黄色のドレスの布のなびく様まで計算したかのような、瞬間瞬間のこうあるべきという点をプロットしてつなげたような踊りだった。
金森さんが公演に際して受けたインタビューの中で、今回の公演で若手の育成と、年齢を重ねたベテランが社会に還元できることの両方を、対立するものではなく両輪として捉えていきたい、と発言していたのが印象的だった。ダンスだけの話ではなく、社会全体としてそういう事を目指していければ、という考え方には共感できる。
ベテランダンサーの踊りはとても情報量が多く陰影に富んで示唆するものが多く考えさせられるし、若いダンサーは情報量という点ではベテランには敵わないけれど、その分シンプルにエネルギーを迷いなく放出できる強さ(見方によって浅さとか傲慢さとも言えるけど)があって、どちらも魅力あるもの。
今回は特に若いダンサーが放つ明るく迷いのないエネルギーに強く惹きつけられた。
ウィリアムテル 新国立劇場


開演前のアナウンスで、テル役のゲジムミシュケタが体調不良だが出演するので暖かい応援をお願いします、という不穏な通告が。こんなの初めてである。よほど調子が悪いのか、でもカヴァー(ヴァルテル役の須藤さん)になるよりはいいのかな、とモヤモヤ。
1幕のタルさはゲネで分かっていたので、ゆったりした気分で合唱を集中して聴いていたら楽しかった。合唱きれい。旋律も美しい。
そして悲劇的な事態が起きていても旋律は美麗なのね。ドラマティックな展開と人間性を突き詰めるような大きなテーマはまるでヴェルディだけれど、全編を覆うのは優しい美しい響き。そこがヴェルディとは違う。
2幕はマティルドとアルノルドの二重唱が楽しみだったけど、バルベラは良かったもののペレチャツコの調子がイマイチのようで盛り上がらず。。特に低音に降りるところが不安定で声も出ていなくて辛そうだった。
こういう時の幕間はロビーが静か。みんなモヤモヤしてるのよね。
3幕は不調のはずのミシュケタの独唱でググッと盛り上がった。息子に矢を向けなければいけない心情を切々と歌って伝わるもの大。声量も充分に出ていて、不調とは思えない歌声。ようやく客席も活気付いた(だいぶ遅いけど)。
その後の蜂起する決意を歌うテル、アルノルド、ヴァルテルの男三重唱も素敵だった。ダブルのバリトンの上にテノールがかぶさる重唱、すてきだわ〜
最後に独立を果たした人々が自由を讃える大合唱の背景にウクライナかガザの破壊された建物が浮かび上がる演出はやっぱり胸熱。こういう形で現代的な意味を持たせる演出は大賛成。
ヤニスコッコスの演出は古すぎず突飛すぎず、音楽を邪魔しないほどよさが良かった。
上から下がる鉄の矢じりのオブジェが、圧政の象徴としても、造形の美しさとしても効いていた。
セットは1幕2幕3幕4幕と進むにつれてよりシンプルに、象徴的になっていき、時代感がより現代でも違和感のないものに変わって、最後に今の時代の破壊された建物のプロジェクションマッピングに収束するのもうまいなーと。
1幕の背景はセザンヌの風景画みたいで、前景にいる村人の群れの抑えた色調と統一感があったし、主役たちの衣装に使われている赤ともよく調和していた。
バレエの使い方はただただ不満。振付がダサすぎて辛かった。衣装もはて??まぁオペラにおけるバレエの扱いってだいたいこんなもんよね。キャスト表にダンサーの名前を載せる気もないなんてねぇ。。
それにしても大野さん、かなり体調がお悪いように見えたけど大丈夫でしょうか。腰を痛めていると読んだけど、たしかにカーテンコールでもお辞儀ができないみたいだったし、ずいぶん痩せて髪も白くなったような。。芸術監督として気苦労も多かろうとお察しします。
そのせいなのかなぁ、演奏に覇気がないように思えて気になった。あの有名な序曲も、何か勢いや弾む感じがなくて楽しくなかったし、ちょっとしたタイミングがカチッと来なかったし、歌ともズレることが度々あった気がする。
ロビーに関係の資料が展示されていた。
・1829年初演時の衣装デザイン画
パドトロワのマリータリオニーニ(シルフィードで大成功を収める前)
あのタリオリーニが初演の時のダンサーだった!!というバレエファンにはビッグなニュースを発見して興奮した笑 その頃のパリオペラ座ってロマンチックバレエの全盛期を迎えようとしていた頃だもんね〜 歴史上の大作曲家ロッシーニの最後の大作と、バレエ界のレジェンド・タリオリーニの駆け出しの頃が当時のオペラ座で重なってたっていうことに痺れる。花の大都会パリのライブな雰囲気が一気によみがえる思い。
・総譜の校正を30歳のベルリオーズが行い、報酬の200フランで幻想交響曲の作曲を始めた、というのも、当時のパリがどれだけ世界中の才能を集めて輝いていたかを想像して痺れた。
2024年11月28日
新国立劇場 オペラパレス
オネーギン (シュツットガルトバレエ フォーゲル、バデネス)

初めて生で見るシュツットガルトのオネーギン 。素晴らしい公演だと意外と最初は素晴らしいしか言葉が出てこないものだけど、さすが本場のオネーギン 、素晴らしいしか出ない、、
まず最初から素晴らしかった。
EOの浮き出た幕が素敵。紗幕の奥の舞台装置が素敵。そこに最初から主人公達がいるのもいい。紗幕が上がるとスタートがかかったみたいに動き出して物語が始まる。その運びがうまい。
ユルゲンローゼのセットがまたとてつもなく素敵。美しい田舎の邸宅と花の咲く木が影絵のように浮かぶ豊かな庭。淡い黄色のドレスの少女達も素敵。
このコールドの踊りが、最後に斜めにジュテしながら横切るのが美しく、それが2回来る構成がまたうまい。思わず拍手が出る。
場面転換の時はEOの幕が降りて、その前で登場人物達が寸劇を繰り広げるのも、転換の間を飽きさせなくてスマート。
そしてフォーゲル。登場した途端に場を攫うオーラがすごい。ひとりだけ浮き出る黒い服で皮肉な笑顔を浮かべて、明るい素朴な田園の生活に舞い降りた黒いカラスか悪魔のよう。常に斜め上に視線を逸らせ、周りの人達がどうでもいいようにカフスを触る癖、世の中の全てに飽き飽きしていることを隠しもしない。まさにロシアの青年貴族の憂鬱な魂を実装している。
そして身体の美しさ!特に膝下の長さ細さはバレエ 界随一??
黒いマントを着て舞台を横切って歩く時、マントから出てくる膝下のシルエット、これぞバレエ!という歩き方で美し〜〜
エリサバデネスも良かった。バレエフェスで見る彼女はどっちかと言うと雑な感じで好きじゃなかったけれど、本家の本場のタチアナは文句なく素晴らしかった。
たぶん30代後半?なのに、1幕は純粋な少女そのもの。踊りも内気な令嬢らしくエレガント。動きが滑らかに繋がって、本家の大切な演目として踊り込んできたことを実感させる。
フォーゲルとのペアリングも完璧で、鏡のパドドゥの複雑でスピード感のあるトリッキーなリフトの連続も見事。よくあの速さであの角度のポーズを決められるものだ。テクニックが強いと、身体表現で物語を作り出せるんだなぁ。
2幕は楽しい田舎のパーティに黒服のオネーギンが現れただけで不穏な雰囲気が漂う。
フォーゲル演じるオネーギンは同情の余地がないクズ。自分の理由のわからないイライラをタチアナにぶつけて手紙を目の前で破いて手に握らせる所業だけじゃ収まらず、レンスキーと踊っていたオリガにちょっかいを出す。その間意地の悪い顔は楽しそうな笑顔まで浮かべて、徹底した嫌なやつという役作り。
マッケンジーブラウンのオリガは、1幕は明るく可愛い少女で魅力的でありながら、2幕では都会的なオネーギンに誘われて、ちょっとくらいいいでしょ、とついていく浅はかさも見せて自然に上手い。
踊りも素敵だし、これからプリンシパルとしてバレエ団を背負っていくんだろうね。
フィゲレドはまだまだかな。長い足がスパンと上がるしジャンプが高いのはローザンヌの頃からだけど、踊りの流れが悪いし、演技力は、、、2幕のレンスキーのソロはたいてい場を持っていくものだと思ってたけど、残念ながらちっとも乗れなかった。パリオペの来日で見たジェルマンは、主役のマチューを食うくらいで、ジェルマンを見直したものだった。
それ以来一つのソロで主役を食える美味しい役だと思っていたけど、一つしかないソロが上手くいかないと挽回できないリスキーな役でもあるわけなのね。
決闘のシーンが舞台の奥で影絵のように表されるのもうまい。とにかく作りが本当にうまい。クランコ天才。
3幕は華やかなモスクワのパーティのシーンからはじまって、ポロネーズの曲も好き。オペグラで見たらパステルカラーの衣装も細部が凝っていて綺麗だった。
公爵夫人になったエリサバデネスがガラッと大人っぽい雰囲気。
公爵との幸せなパドドゥの間中、タチアナを見つめるオネーギン 。
パーティで1人浮いていてもそれまでのクズっぷりがあるので全く同情できない。
手紙のパドドゥは演劇バレエとしても白眉だったと思う。
よくこの場面だけガラで見るけど、1幕から通してみるとこちらの感情移入も違うし、演じる方もぜんぜん違うみたい。少しずつ気持ちが動くのが手に取るようにわかり、激しくなる踊りがシンクロして、なるほどの連続。最後はきっぱり拒絶したタチアナに大拍手。クズに走らなくてよかった。わかってる結末なのに、毎回そう思う。
幕が降り始めると同時に拍手が巻き起こって、文化会館が揺れるかと思うくらいだった。
一階は総スタオベ。
カーテンコールの間もエリサはまだ役を引きずっているように見えた。
これが本家本場のオネーギン なのか、と思った。マチューとアマンディーヌで見たパリオペの来日公演は洗練された上品な雰囲気だったが、こちらは劇的だった。時間で言えば短い演目(1幕は50分、2幕と3幕は25分)なのに、そこで巻き起こる物語がとてもドラマチック。激しい展開と人物の感情の揺れ幅の大きさ。一幕一幕が濃縮されていて、とてもその時間とは思えなかったし、ちょうどいい長さに思えた。これ以上長かったら感情的に疲れてしまったかも。
踊りについても、全員が踊り込み、本家の誇りを持って踊り継いでいる事が伝わってくる。
とにかく、本場は違う!をしみじみ感じた。
見れてよかった、来てくれて、呼んでくれてありがとうございました。
眠れる森の美女(小野、奥村)


1回目の公演を降板した絢子様。降板は本当に珍しい。よってこれが絢子様の初日。
全く正直な感想を書くと、1幕の登場シーンは、もちろん嬉しかったし良かったのだけれど、プロローグで内田さんの超絶スタイルの良い美しすぎる長身のリラを見ていたせいで、あ、絢子さんちっさい、、子供っぽい、、と感じてしまい、それに動揺してしまった。手足が短い子供体型を絢子さんに感じるとは。内田さんの美しさは本当に眼福だし貴重なんだけれど、周りとのバランスを考えた時、むしろ弱点になるんじゃないかとさえ思った。パートナーも周りも長身組で揃えればいいけれど、そんなことはなかなか出来ないし、そうじゃないと主役をかすませたり、彼女が主役になったとしても、主役だけ別の惑星からやってきた別種族みたいに見えてしまったりしないんだろうか。海外ゲストの時にありがちだけど、バレエ団の常任としては問題になるんじゃないか??
などと若干動揺しながらローズアダージョを見守った。16才のオーロラの可愛さ、幸福感、本当に良かったし、バランスも難なくコンプリートしてホッと一息。何しろ絢子さんの事になると、冷静ではいられなくて、嬉しいんだけどドキドキするというか、ファンの心境は複雑で振れ幅が大きい。
バラの花の投げ方が豪快だったり(ほとんど王妃の足元にダイレクトイン、あれなら花放置と心配せずに済む)、カラボスから花束を受け取ってはしゃいで踊る様子が快活だったり、徐々に絢子さんらしいイキイキしたオーロラになっていく。
そして2幕はいよいよ奧村くんのデジレが登場。
幸い上手バルコニーに座っていたので、上手でウロウロする王子を見るのに最適な場所だったのはラッキーだった。という事で王子にロックオン。
やはり彼は練った演技プランできたように見えた。憂愁の気配を常に漂わせて、高貴な王子として社交マナーは完璧なものの(そこがまたいい)、ともするとすぐに心ここに在らずの表情になってしまう。
なんでそこまで憂鬱なのか、彼なら綿密な分析をしていそうだけど、とにかくなにか空虚な気持ちで過ごしている事はよく分かる。
で、緑軍団の妖精たちとリラの精に導かれて幻のオーロラに出会い、恋に落ちるわけだけれど、本当は、すごく綺麗、とか、だから結婚したい、ってマイムが無ければなぁ。それだと綺麗っていうだけでポーっとなってしまういつものデジレ。
でも、魂の空虚さを埋めてくれる片割れに遂に会えたと直感して恋に落ちる、というふうに解釈して演技したんだと思う。次のロミジュリもどきの目覚めのパドドゥに繋がる流れがスムーズで説得力があった。
実際、初めてあの目覚めのパドドゥがすんなり入ってきたし、感動できた。
目覚めたオーロラ(ジュリエットみたいな白のネグリジェに白い髪リボン、何回見てもいつ着替えたんだ疑惑がつきまとう)とデジレのパドドゥは、古典スタイルとは違った、自立した人間同士の男女のパドドゥ。女性は男性に支えられるだけじゃなく、自律的に動いて、2人でユニゾンで踊る場面も多い。絢子さんがこれをやるとたまらなくグッとくる。
彼女のキャラクターにぴったりだからと思う。
この辺りから絢子さんの絢子力の爆発が始まった。
こういう絢子さんを見るのは久しぶりの気がする。
イーグリングのくるみの雪の前のパドドゥ、難解な振り付けが身に染み渡ったくらいの何年目かの時、音楽と一体になって踊る絢子さんの姿に総毛立つくらい感動したことがあったけど、それ以来?
三幕は爆発して発光し続ける絢子様の世界だった。
キラキラとか輝くって平たい言葉にしかできないのがもどかしいけど、本当にギュギュっと中心に引き寄せられたエネルギーが絢子さんから発せられているとしか思えなかった。こういうのが見られる事がバレエを見続ける理由なんだよね。
ディヴェルディスマンもそれぞれよかった。
主役が放つエネルギーが舞台の他の人たちにも影響しないはずがない。
エメラルドの奥田さんはいつもながらの素晴らしい音楽性で小気味良さの極みだし、新人の東さんは大型新人現る!の衝撃のままに奥田さんに引けを取らない見飽きなさ。
同じく新国初登場の水井さんの青い鳥は、関節無いの⁈と焦るくらいの柔らかな動きとフワッとしたジャンプで、ブリゼヴォレも完璧。
最後は絢子様の凄さ素晴らしさを再確認させられて一階総立ちのスタンディングオベーション。ありがちなご祝儀スタオベではない、観客本気のスタオベだった。そりゃそうです〜、あれだけのものを見せられれば。
絢子様、奥村くん、新国の皆さん、素晴らしい舞台をありがとうございました。